週にひとつの問いを、金曜22時に。
未明
M I M E I — PHILOSOPHICAL ESSAYS
わかる、の少し手前で書く。
最新 第十四夜「「気がする」について」→ SCROLL未明について
未明は、週にひとつの問いを置いていく場所です。哲学者の解説でも、答えの提供でもありません。日常のありふれた一語や一場面から始めて、哲学者をひとりだけ同行者に借りて、歩けるところまで歩きます。結論では締めません。どの夜も、最初より少しだけ鋭くなった問いで終わります。
書いているのは、昼は数字を扱う仕事をしている、ひとりの会社員です。名乗りは、そのうち。
すべての夜は、この四つの段でできています。
すべての夜
「気がする」について
——どこが、とは言えない。なのに「なんか変な気がする」。そしてその勘は、しばしば当たる。後輩の数表と、ポランニーの暗黙知。
読む →友達とは、何の関係か
——数えられそうで数えられないこの関係。同窓会の帰り道と、アリストテレスの友愛。
約束について
——明日どう感じるか分からない人間が、なぜ未来を約束できるのか。ニーチェの記憶。
「すみません」と言うとき
——感謝の場面でまで詫びてしまうのはなぜか。エレベーターのひと言と、和辻の間柄。
「自分らしさ」という重荷
——本当の自分は、見つけるものか、選ぶものか。プロフィール欄の空白と、サルトル。
「ちょうどいい」を探して
——なぜ適量はマニュアルにできないのか。後輩への小言と、アリストテレスの中庸。
退屈について
——やることはあるのに手が伸びない、あの感じ。日曜の午後と、パスカルの気晴らし。
「そのうち」という時間
——あの「そのうち」は、いつ来るのか。積ん読の背表紙と、アウグスティヌスの時間。
なぜ働くのか、と訊かれたら
——即答できないのは、あれが実は三つの問いの束だからかもしれない。
数字にならないものの値段
——値段がつかないものは、価値がないのか。月末の締めと、ジンメルの貨幣。
「ふつう」はどこにあるのか
——「ふつうの暮らしがしたい」と言うとき、私たちはどこを指差しているのか。
なぜ僕らは、わざわざ遠くへ行くのか
——あらゆる場所が画面で見られる時代に、「そこに立つ」ことの何が代えがたいのか。
「面倒くさい」の正体
——五分で終わる皿洗いを前に、私たちはいったい何を測っているのか。
「待つ」について
——遅延した山手線と、ベルクソンの時間。何もしていないのに、なぜ疲れるのか。
作り手であること
観測者の孤独
「私たち」は、どこで終わるのか
問いの棚
各夜の終わりに置いてきた「今夜の問い」だけを、ここに並べています。どれかが引っかかったら、その夜へ。
支援と書架
未明は、ひとりで書いて、ひとりで灯している場所です。もし夜のどれかが手元に残ったなら、続けるための火に、ひと口だけ薪をくべてもらえたら。
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